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松山地方裁判所 昭和57年(行ウ)3号 判決 1985年3月27日

愛媛県今治市本町三丁目

原告

葛山康史

東京都千代田区霞が関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

西口元

丸西仁

染川正夫

清末昭宏

戸島満義

西谷正

直井正

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金六一万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五五年五月二六日から完済まで年八分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  (予備的に)被告敗訴の場合の担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  今治税務署長安藤福夫の加害行為

(一) 原告による確定申告とそれに関する処分(本件処分)

(1) 原告は、今治税務署長安藤福夫(以下、安藤という。)に対し、昭和五四年分の総所得金額について、昭和五五年三月一二日付けで確定申告書を提出した。右申告書においては、総所得金額は三二万六八二五円、税額は〇円とされた。

(2) 安藤は、これに対し、同年五月二六日付けで、原告は葛山宣佳(以下、宣佳という。)の合算対象世帯員に該当するとして、同年分の所得税を六万六二〇〇円とする更正処分及び過少申告過算税三三〇〇円の賦課決定処分をした(以下、右各処分をあわせて本件処分という。)。

(3) 原告は、本件処分に従い、昭和五五年七月一六日、本税六万六二〇〇円、過少申告加算税三三〇〇円及び延滞税一六〇〇円の合計七万一一〇〇円を納付した。

(4) もっとも、その後、同年一二月三日付けで、当時の今治税務署長西山雅数は、本税三六二七円、過少申告加算税二〇〇円及び延滞税二〇〇円を再更正処分(以下、本件再更正という。)によって減額した。その結果、原告が最終的に納付した税額は、本税六万二五七三円、過少申告加算税三一〇〇円及び延滞税一四〇〇円の合計六万七〇七三円となった。

(二) 本件処分の違法性

しかしながら、本件処分は違法である。すなわち、次のとおりである。

(1) 昭和五三年分の原告の年間所得は一九〇万二四二五円であり、そのうち給与所得は一〇八万六〇〇円、資産所得は八二万一八二五円であったのに、昭和五四年分は、給与所得は〇円に、資産所得も三二万六八二五円に減少した。

(2) しかも、原告は、昭和五四年二月一日から同年一二月に再就職するまでの間、雇用保険法による失業給付の支給も受けられない完全失業状態にあった。

(3) このような事態が生じたのは、原告が、同年一月三一日、宣佳(原告がそれまで勤務していた株式会社今治板金及び株式会社松拝屋商店の代表取締役であり、原告の実父でもある。)によって不合理かつ些細な理由で不当にも解雇されたからである。

(4) それにもかかわらず、原告は、本件処分により、大部分の期間完全失業状態にあった同年を対象として重税を課せられ、かつ、それも給与所得があった前年以前よりもはるかに高率の重税であったばかりか、原告を不当にも解雇して困窮させた宣佳を主たる所得者とし、原告をその合算対象世帯員としたうえで税額の計算をされることになった。

(5) このように不合理極まる内容の本件処分が、憲法一三、二九各条等に違反する違法なものであることは明らかである。

(三) 安藤の故意

安藤は、(二)の各事情を知りながら、故意にその職務権限を濫用して、本件処分をした。

(四) 原告の受けた精神的苦痛

原告は、本件処分により、甚しい精神的打撃を受け人格権を侵害された。

2  今治税務署職員田鍋達弥の加害行為

原告は、昭和五五年五月二八日及び同年六月四日の両日、今治税務署において、本件処分について、1(二)記載の各事情を説明し、その不当であることを訴えた。

ところが、応対にあたった同署職員田鍋達弥(以下、田鍋という。)は、終始一貫して、「異議を申し立てても棄却する。」と言い続け、あまつさえ、「殺人をすれば罰せられるんだ。」と他の職員らの面前で暴言を吐いた。

原告は、衆人監視の下で、たとえ比喩であるとしても余りにも常軌を逸した発言をされ、ために精神的打撃を受け、人格権を侵害された。

3  高松国税不服審判所国税審判官和田弘資及び同国税副審判官真鍋勝の加害行為

原告は、本件処分に対し、昭和五五年七月一五日付けで審査請求をした。

同年九月一七日、右審査請求に係る事件の調査のため、高松国税不服審判所国税審判官和田弘資(以下、和田という。)が原告を訪れ、質問をした。この調査は、同日午前九時三〇分ころから午後六時三〇分ころまでの間にわたって、しかもその後半約五時間は審査請求にかかわりのない原告のテープレコーダーによる録音について原告を詰問し続けたもので、この間朝食も昼食をとっていない原告は、右両名が約三〇本のたばこを吸って空気を汚した密閉状態のわずか五畳ばかりの部屋に同室させられたために、その後三日間食欲を失い嘔気が続いた。またさらに、真鍋は、こぶしを振り上げ机の上を思いきりたたくという脅迫的な質問をしたため、原告は精神的打撃をも被った。

4  原告に生じた損害

(一) 以上のように、原告が被った精神的肉体的損害は、金銭に換算すると、1によるもの三〇万円、2によるもの一〇〇〇円及び3によるもの一万円の合計三一万一〇〇〇円となる。

(二) さらに、原告は、本件処分を受けたことから、これに対する異議申立て、審査請求及び本件訴訟を含む訴訟二件の各手続の遂行を余儀なくされ、そのための調査、文書作成、論理構成といった弁護士業務に匹敵する作業及び諸経費の負担をさせられているので、弁護士費用相当額の一部及び諸経費として三〇万円を被告に請求できるはずである。

5  結論

以上により、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項の規定に基づいて、前記安藤ら公務員がそれぞれその職務を行うについて原告に与えた損害の賠償として4(一)及び(二)記載の金額の合計六一万一〇〇〇円及びこれに対する安藤の原告に対する加害行為(これが同時にその後の加害行為の根本原因でもある。)の日である昭和五五年五月二六日から完済までの年八分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)(1) 請求原因1(一)(1)は認める。

(2) 同1(一)(2)は認める。

(3) 同1(一)(3)は認める。

(4) 同1(一)(4)は認める。

(二)(1) 同1(二)(1)は認める。

(2) 同1(二)(2)は認めない。

(3) 同1(二)(3)は認めない。

(4) 同1(二)(4)は争う。

(5) 同1(二)(5)は争う。

(三) 同1(三)は否認する。

(四) 同1(四)は否認する。

2 同2について、原告主張の日時に、今治税務署所得税担当職員田鍋達弥国税調査官が今治税務署において原告に応待したことは認める。その余は否認する。

3 同3について、原告が本件処分に対し審査請求をしたこと及び昭和五五年九月一七日午前九時三〇分ころから、原告主張の二名が右審査請求にかかる事件の調査をしたことは認める。その余は否認する。

三  被告の主張

1  本件処分について

原告は、今治税務署長を被告として、本件処分の取消しを求めて訴えを提起したが、第一審(松山地方裁判所昭和五五年(行ウ)第四号事件)、控訴審(高松高等裁判所昭和五八年(行コ)第三号事件)及び上告審(最高裁判所昭和五八年(行ツ)第一四〇号事件)のいずれもが、本件処分(ただし、正確には、再更正処分により税額を減少させたもの)の適法であることを認めている。したがって、安藤がした本件処分には何ら違法はない。

2  田鍋の応接態度について

田鍋は、原告主張の両日とも原告に応接した。その応接の仕方は、他の来訪者に対する場合と同様であって、本件処分に対する異議申立手続について詳細に説明し、異議申立書用紙を交付し、さらに原告が持参した異議申立書の提出先まで原告を案内した。

3  訴外和田らによる調査について

原告主張の調査は午前九時三〇分ころから午後一時ころまで行われた。この間に、和田らは、原告が無断で相互の状況等を録音しているのではないかとの疑念を抱いた。

原告には録音を必要とする特段の事情はないと思われ、かつ審査請求の審理は非公開とされており、右和田らにはいわゆる守秘義務が課されているところから、右録音テープをそのままにして辞去することはできなかったので、同人らは、調査終了後、原告に対し、右録音テープの消去又は右和田らによる買取を尽くして申し出た。これに対して、原告は拒絶、黙殺、さらに再三離席するという対応をしたために、結果として応接時間がながびいたものである。

第三証拠

本件記録中の各書証目録及び証人等目録記載のとおりである。

理由

一  安藤の加害行為について

1  原告の確定申告とそれに関する処分(本件処分)

請求原因一1(一)(1)ないし(4)の事実は当事者間に争いがない。

2  本件処分の違法性

(一)  本件処分を違法と評価させるべき事実は、本件全証拠によっても認めることができない。すなわち、この点に関し原告が本訴で主張する事実(価値判断の部分は除く。)がすべて事実であるとしても、それだけで本件処分を違法なものとすることはできず、他にも、本件処分を違法と評価する根拠となる事実を認めるための資料は見出せない。

(二)  もっとも、本件処分は、後に本件再更正によって税の減額がなされたところなどから見て、右再更正のときまでは、法の定めるところに比して過大な税額を含むものであった見込みが大きい、とはいうことができる。けれども、この点も、再更正前後の税額の相違の程度、再更正のなされた時期等から見て、何か特別な事情の認められない限り、国家賠償の前提としての違法性を肯定する根拠とはなし得ないものというべきである。ところが、右特別事情に当るべき事実は本件全証拠によっても認めることができない。

(三)  なお、本件処分の違法性に関し、被告は、本件処分の取消しを求めて原告が提起した行政訴訟が本件処分が適法であることを理由に原告敗訴で確定したことを主張し(そして、この主張が真実であることは証拠上明らかである。)、それゆえ本件処分には何ら違法はないと主張する。この主張の意味するところは必ずしも明らかでないが、もし、それが、本件処分の取消しを求める行政訴訟が原告敗訴で確定した以上、事の事実関係いかんにかかわらず、原告が本件処分の違法を理由に国家賠償を求めることは制度上許されない、ということであれば、これを採用してよいか否かについては疑問がある。行政訴訟で確定されたのは、制度上は、厳密には、本件処分の行政処分としての効力が維持されるということだけであり、本件処分の中に国家賠償法上違法とされる要素が含まれないということではないからである。これに対し、右主張が、行政訴訟において原告が本件処分の違法を主張して争ったにもかかわらず、結局違法ではないとする形で訴訟が終了したとの事実は、本件処分の中には国家賠償法上の違法も含まれていないことを推測させる一つの、しかし、この点に関するめぼしい資料が他に存しない本件においては、極めて有力な資料である、との趣旨であるならば、その限りでは正当な議論といってよいであろう。

二  田鍋の加害行為について

1  昭和五五年五月二八日及び同年六月四日の両日、今治税務署において、同署国税調査官である田鍋が原告と応対したことは当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第二号証及び証人田鍋達弥の証言によると、昭和五五年五月二八日の田鍋の原告に対する応対は、今治税務署一階の一隅にある応接セットを使用して行われ、原告が昭和五四年中失業状態にあったことや本件処分の不当性を訴え、田鍋が資産合算制度の内容と異議申立手続について説明したという経過であったこと、及び、同年六月四日は、原告が同税務署を訪れ田鍋に対し異議申立書の提出窓口を尋ね、田鍋が原告を案内したにとどまることがそれぞれ認められる。

3(一)  原告は、田鍋が原告に対し、「異議を申し立てても棄却する」旨繰り返したと主張する。前記乙第二号証によると、田鍋も一般論として「異議申立てをしても理由がなければ棄却されてしまう」旨説明したことがあるとは自認していることが認められる。

原告が窮状を訴え、資産合算制度の適用が不当であることを主張したのに対して、田鍋か、原告の言い分は言い分としても、所得税法上、資産合算制度の適用がやむを得ないことを表現するために、「異議を申し立てても棄却されるのではないか」という程度の言い方をしたと推測する余地はあるが、その程度のことであれば、原告に精神的損害が発生すると考えることはできないし、また、本件全証拠によっても、田鍋が異議申立ての棄却を強調した形跡は認められない。

(二)  つぎに、原告主張の「殺人」うんぬんの発言については、本件全証拠によっても、認めることができない。

三  和田及び真鍋の加害行為について

1  原告が本件処分に対して審査請求をしたこと、及び、昭和五五年九月一七日午前九時三〇分ころから、右審査請求にかかる事件の調査のため、高松国税不服審判所国税審判官である真鍋が原告を訪れ質問を開始したことは、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない乙第四号証及び証人和田弘資の証言によると、<1>同日における調査は、前記株式会社松拝屋商店一階の事務室において、午後一時過ぎころまで行われたこと、<2>当初の見込みでは右調査は同日昼過ぎまでかかると考えられ、原告もそのことを了解していたが、原告が再三(時には二、三〇分間にわたって)離席したために若干終了が遅れたこと、<3>右終了前に調書作成のため、二〇ないし三〇分間を要したが、この間原告は中座していたこと、<4>右調査の間、原告は大きな紙袋を携え、離席の度に右紙袋を抱えるという行動をとり、また、右調査後も原告が、「公務員のやることは信用できない。したがって、公務員との会話は記録する必要がある。」旨の発言をするなど、明らかに右調査の状況を録音している様子がうかがえたので、和田らは原告に対し、録音をしているかどうかをただし、審査請求にかかる事件の調査が非公開とされていること、公務員には守秘義務が課せられていること及び対話者の同意を得ない録音が不法であることを告げ、録音テープがあれば引き敗りたい旨申し出たこと、<5>原告がこれに対して録音したかどうかについて答えることを拒否して、若干感情的なやりとりがあり、また原告がこの間も再三離席したこともあって和田らが右事務所を辞去したのは同日午後六時ころであったこと及び<6>和田らはいずれも喫煙者であって、原告に対する調査中及びその後も喫煙したことが、それぞれ認められる。

3(一)  右のとおり、和田らが調査終了後も事務所内にとどまり、結局前後約八時間三〇分にわたって原告とのやりとりを続けたことは認められるが、やりとりがこのように長引いた原因は、和田らが原告による録音を疑ったことであって、しかもそのように疑ったことは前後の状況から考えて自然であり、またその確認のために原告に質問することも和田らの職責上当然であったと考えられる。もっとも、右調査終了後約五時間もの間、録音の有無についてやりとりを重ねた点は若干の行き過ぎと評価することもできるかもしれないが、これも、原告が、録音をしたかどうかを確認させるか、右確認の要求には応じる意思がまったくないことを口頭及び態度によって明確に示すかの労を惜しんだ結果であることに照らすと、和田らが執拗であったとはいえても、これを違法の名で非難するのも当を得たものではない。結局、和田らの行動に違法な点はないといってよい。

(二)  次に、原告は、当日食事をとっておらず、たばこで空気の汚れた狭い部屋に同室させられたために体調を崩したと主張する。しかし、右に見たように、原告は軟禁されていた訳ではなく、現に再三離席もしていたのである。また、体調を崩した点については何らの証拠もない。そうだとすると、この点に関してこれ以上の判断をする必要は認められない。

(三)  そして、右真鍋の態度が脅迫的であったことについては、これを認めるに足りる証拠がない。

四  結論

以上のところから、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当なことが明らかである。そこでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 高橋文仲 裁判官 橋本良成)

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